9月18日から11月7日にかけて開催されたBIWAKOビエンナーレを会期終了間際の11月6,7日にかけて訪れた。
BIWAKOビエンナーレは、官主導のアートイベントが多い昨今、行政の手によらずディレクターの中田洋子さんとスタッフの情熱ただ一つによって開催されているのだが、作家・ボランティアを含めた関係者の一体感は他とは一線を画すものであった。現地に行ってみれば予算や人的なリソースの不足よって生じている問題は小さな瑕疵に過ぎず、観光資源としてのアートに過大な期待を寄せる行政の不在を含め、純粋に地域と作品にフォーカスして鑑賞できる素晴らしいものだったことをまず記しておきたい。
近江八幡の旧市街地に残る町家を主な展示場所としているBIWAKOビエンナーレは、近江商人の矜恃を示すかのように建てられ、時流に逆らえずいつからか満たすべき主や物を持たぬまま荒れ果ててしまった建物たちを最低限の手入れによって展示空間としている。特殊な展示空間は作家の興味をひいたようで、空間との関係性を作家それぞれが構築しようとした形跡が多くの作品に見られた。空間と戦い自らの作品の強度を示すかのような作品、下見も展示も人任せだったかのように無視していた作品もあったが、記憶に残るのは場の持つコンテクストを明示できる作品だった。大舩真言さんの作品は、場所と対立することなく、自らの気配を消すかのように静かでありつつも、光・空気・音を受けてそれら全てを作品の存在感へと転化するものであり、森川穣さんの作品は場所と積もった埃を含めた空気を作品とし、まるで制作した作品自体は媒介として視点を移動させるためだけに存在するようだ。これらの優れた作品が多くあった中で、特筆すべきは青木美歌の“未生命の遊槽”だった。
今回、青木美歌は廃墟化した18世紀の町家と長持を得て、生命が生まれ出でるとも死に向かうとも取れる空間を現出させた。18世紀、江戸中期に建てられた町家の中では、中央に淡い光が漏れる長持が置かれ、周囲を畳から生える胞子のようなガラスの作品が取り囲み、その外側には長持に向かう作品の群れが青白い光を受けて浮遊する。
一見すると、棺桶に見立てた長持を霊魂が囲み、死に向かう生命体が浮遊するように見える。だが、勧められるままに靴を脱いで畳の上に上がり、作品の中に入り込んで眺めると、周囲を浮遊する生命体のモチーフは精子に、中央に置かれた長持は卵巣に転じ、漏れてくる光は生命の萌芽を、長持ちの周囲に生える群れは生まれ出でたばかりの多様な可能性を持つ生命となる。2つの世界が入り交じる場所にいる不安定さを感じながら見渡せば、一目では気付かないような所にも小さいが一つ一つの生命感を強く感じさせる作品が散置されており、青木が持ち込んだ主要な作品によって、建物が用いられなくなって以降眠り続けた生命が起き出してきたかのようだ。二日にわたって何度か作品を訪れたが、時間帯による光の変化、鑑賞者の位置と体勢によって作品の見え方は大きく異なる。浮遊する硝子の造形物は時に新たな生命を見守る霊魂となり、違う時間においては淡い光を放つ雲上の楼閣を目指して懸命に進む生命の群れに変化する。千変万化な表情は、場所に積層された多くの記憶を想起させるに十分な多彩さであった。
青木美歌にとって、モチーフの原始生命体は形態的な興味の対象にとどまらず、高い表現型可塑性によって同じ遺伝子型から環境により形態が変化する事象を、人が遺伝子や出生によって定められた制約と、自身や環境によっていくらでも変わっていける強さと柔軟さ、社会や他者との関係性の多様性と等しいものとして見ているのではないだろうか。その意識を、一般的な硝子を用いた手法よりも厳しい制約を引き受け、耐熱硝子を用いさらに熱処理を行うことによっての代償に手にした透明度の高さによって表現しているからこそ、生死の循環というコンセプトが明確な芯となって誰もが分かる強度を持っていつつも、鑑賞者の思考を活発にさせる他の要素を排他することのない作品が生まれ、鑑賞者には多くの表情が見えるのだと思えてならない。
本作品は2011年中の継続公開が決定している(2012年以降については検討中)。鑑賞者自身が場の中に入り、対話によって自らの解を導き出すことができる開かれた作品の魅力を、今一度現地で楽しんでほしい。
最終日に現地にいたという偶然によって、本作品の継続公開に僅かながら関わることとなった。
「この作品たちにとってこの場所以上の居場所はない」という思いは関係者が皆共有したものだったのではないか。BIWAKOビエンナーレ総合ディレクターの中田洋子さんとスタッフの皆さん、作家の青木美歌さん、そして私という、全てを併せても小さな力によって継続公開できることとなった本作品が、会期が終わってしまえば作品は撤去され、棄却されてしまう事も多いアートイベントのありかたに疑問を投じる一石となることを期待するとともに、次回のBIWAKOビエンナーレ開催にむかう関係者への僅かながらの支援となれば嬉しく思う。
作品写真
